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理事長のひとこと

第260回 日本のエネルギー政策

  今回は、これからの我が国のエネルギー政策をどう考えたらよいのかというテーマを取り上げたい。

 エネルギー問題を議論するに当たっては、ほんの少し前、例えば2009年の年初と現在を比較してみても、エネルギーと地球環境、そして地政学的情勢の傾向がごく短期間のうちに変わってしまったというテーマから始める必要があるだろう。
 当時、5つの特徴があった。一つ目はバラク・オバマ大統領が選出され、オバマ大統領が「Green Innovation」について取り上げたことである。これにより、米国における科学技術政策も含めた地球環境に優しい技術開発が一挙に進むのではないか、という期待が生まれた。これが一つ目の特徴である。
 そして二番目の特徴として原子力発電についての考え方が挙げられる。地球環境を考える上で「原子力ルネサンス」という考え方は極めて重要だという了解が国際社会に定着しようとしていた。例えば、我が国でも鳩山由紀夫政権において、CO2の削減にかなり思い切った踏み出しが行われ、「2020年においてCO2の排出を1990年比で25%カットする」という案が提出された。これについては実現可能性についての検証を欠いたものではないかという議論があったが、他方で我が国の電力構成の中で原子力発電が50%、あるいはそれを越えることができれば、実現する道も工夫できるかもしれないという議論もあった。
 三番目に石油価格が挙げられる。2008年はもっぱらリーマン・ショックで彩られたように考えがちだが、リーマン・ショックの直前までは原油価格をはじめとした国際商品市況は急騰していた。背景には中国、インド等のEmerging Economies(勃興国)の経済発展があった。勃興国はエネルギー、そして天然資源を大量に消費するという特徴を持つ。そういう意味から原油価格の先行きについて極めて強気の考え方があった。
 四番目としては、そうしたことを背景として、ガソリンやディーゼルではなく電気自動車が大きな比重を占めるようになるという見通しがあったことが挙げられる。当時は、「2020年から2030年に販売される車の10%程度が電気自動車になる」という予測はそれ程的外れなものではないという雰囲気があった。中国でもEVについての議論にある種のテンポがついた。例えば中国のBYDという自動車会社にウォーレン・バフェット氏が出資したことからも、電池を大量に乗せた中国製の車が中国内を走り回るというイメージでこのEVが考えられていたことがわかる。
 五番目に、地政学的に中東そしてロシアの比重は高くならざるを得ないと考えられていたことが挙げられる。もっと言えば、中東の油に依存するアジア、そしてロシアからの天然ガスに依存するヨーロッパ、という図式を大きく崩すことは難しいというエネルギー情勢が想定されていた。このことに大きな変化を与えた要因は3つ挙げられる。一つはアメリカで起きた「シェールガス革命」と呼べるほどのシェールガスの噴出である。そして二つ目は2011年の福島第一原子力発電所の事故である。この事故以来、世界のエネルギー情勢は大きく変化することになった。三番目に挙げるべきは、電気自動車や、再生可能エネルギー等、新しく喧伝されているものが経済社会の中に安定して導入されるという見通しが覆ったことである。

 シェールガス革命は、世界の地政学を変えるのではという程のインパクトを持つようになった。これまでの天然ガスは、地層の安定したところに封じ込められていた。従って、封じ込められているガス田の上部に穴を開ければ自然に噴出した。しかし、シェールガスは頁岩の中に、流動性が非常に低い形で、広い範囲で、横になって存在している。従って、横に掘削する技術が必要であった。また非常に流動性が低いものを集めるために、溶剤等の化学処理も必要であった。これらが大量の水を使用して実現可能になったため、新たに非伝統的なガスの抽出に成功し、その周辺にある石油も併せて採取することが可能になった。米国では現在、今後10年程度で米国が原油の輸出国になるのではないかという見通しさえ登場している。シェールガスが豊富に出るため、原油に対する依存度が減るということだけではなく、供給の側から言っても、シェールガスとともに米国の原油供給が増えるからだ。米国が石油の純輸出国になる可能性が出てくると、当然のことながら、中東原油に対するアメリカの依存度は急速に低下する。極端なケースでは、中東原油を輸入しなくてもよい米国経済モデルも浮上する。
 このことは世界に大きな影響を与えている。当然ながら、米国の中のエネルギー使用に大きな変化が起こる。電力で言えば、原子力あるいは石炭火力への依存は低下していくという見通しが登場する。そして、それにより解放される石炭はヨーロッパに回り、ロシアにおいてはヨーロッパ向けの天然ガス輸出の先行きの見通しが変わることになる。

 福島第一原子力発電所の重大な事故は不幸なものであったが、この事故が世界の原子力情勢に相当程度の影響を与えたことは間違いない。このこととシェールガスとを併せて考えると、例えば米国における原子力発電所の新規立地は従来考えられていたようなペースでは進まないことがほぼ確実である。米国自身も原子力政策をどのように位置付けるのか明確ではない。
 少なくとも米国は、日本と組んで世界の原子力発電所のコントロールをしなければならない。途上国に原子力発電所が増えていくことについては誰も否定していない。従って、今後はその手当て、そして、核燃料サイクルをどうするのか、また、核不拡散体制を構築しつつ、途上国に原子力発電所が増えていく情勢をどう考えるのか等が検討されなければならない。この問題は米国と日本との基本的な提携関係を想定しない限り考えられないだろう。そういう意味において、原子力をめぐる情勢は大きく変化したと言わなければならない。

 また、電気自動車(EV)が思いの外、消費者に選択されなかったというデータが既に出始めている。世界、特に先進国の自動車がEVにとって代わられるという情勢はしばらくの間は考えられない。更に再生可能エネルギーのうち太陽光パネルの浸透度を取り上げると、相当程度、低い予測をせざるを得ない。既にヨーロッパにおいては固定価格買い取り制度について「余りにも電力価格が高くつく」あるいは「政府の補助金が嵩み過ぎる」という理由から見直しが始まっている。再生可能エネルギーをどのような形でエネルギー供給に結びつけていくのかということ自体の、手段・政策等について根底的な見直しが始まっているのだ。日本の場合、たまたま福島第一原発の事故と重なったため、他の先進国と比べ一周遅れで固定価格買い取り制が導入された。極めて高い価格で太陽光エネルギーの買い取り等が一旦決められたが、これも本格的な議論はこれから始まるだろう。方針は変化し、政策体系に大きな変更が加えられることが予想される。

 こうした中、最近、私が感じたことの一つは、ブラジルのような今後の経済発展が非常に高いとされている国において、エネルギーミックス、あるいは個々のエネルギーの価格動向予測に大きな変化が起きている可能性があるということである。例えば、ブラジルにおいて、沖合の深海底から原油を掘削するというプロジェクトがこれから本格的に始まろうとしているが、問題はコストをかけて掘削した原油が、果たして経済的であるかということであり、このことにブラジルの経済分野のリーダーたちは大きな関心を持っている。「もしその時、原油価格が大幅に崩れていたら」と想定せざるを得ないが、そうした想定をした場合、「ブラジル沖の海上に巨大な建築物を造って、深海底から原油を掘削するというプロジェクトにどの程度、本気で取り組んでいいのか、リスクは相当高いのではないか」という議論になる。先日、私が議論したブラジルの経済学者たちは、原油価格が崩れることをブラジルにとっての相当程度のリスクと考えているようだった。確かに中東原油に依存しない米国が登場する際、どのような原油価格になるのかというテーマは興味深く、且つ本気になって考えざるを得ないテーマである。ブラジルではこのテーマについて根底から議論を始めているというのが私の印象である。

 また、ロシアの動向も大変興味深い。今後、ヨーロッパに高い値段で天然ガスを売るわけにはいかなくなるという見通しから、これを極東に輸出する構想があることは広く伝えられている。プーチン大統領が、ロシア最大の国営石油会社であるロスネフチに最も親しいブレーンとされるイーゴリ・セーチン氏を会長として送り込んだことからも、極東における天然ガス開発に早い時期に目途をつけようという勝負に出ていることが予想される。場所は極東、担い手としてはガスプロムとは区別されたロスネフチというエネルギー企業、そして充てる人物が自分の配下のセーチン氏というこの組み合わせは機動的に問題に対処せざるを得ないというプーチン大統領のかなり切羽詰まった意思決定なのではないだろうか。

 昨今、大変興味深かった出来事の一つは、世界で原油や天然ガスを掘削し、それを世界中に売っているエネルギー企業の動向である。世界のエネルギー情勢を総合的に判断せざるを得ない立場にあり、且つ、自分たちが掘削した原油や天然ガスをどこにどういう値段で、どういう長期契約で売るのか。そうした中でどうやってリスクを小さくできるのかを考えている世界のエネルギー企業のうちの一つが、ごく最近、オーストラリアで産出している伝統的な天然ガスをLNGにして日本の電力会社に売るに当たって、これまでは原油価格連動であったが、ヘンリーハブ連動に変えるのはどうかという提案があった。日本の電力会社が原油価格連動の極めて高い価格でLNGを買っていることに対しては、経済産業省を中心として、電力会社批判が猛烈に高じていた。従って電力会社としては原油価格連動ではなく、ヘンリーハブ連動で安い価格を付けられ取引されているこのシェールガスを輸入したいと考えていた。今から努力すれば2017年頃にはこれが手に入るのではないかと言われているが、そうした中、オーストラリアが伝統的な天然ガスをヘンリーハブ連動で長期契約しようと提案してきた事実は、彼らがエネルギー分析において、原油価格急落の可能性は高くはないが、ないわけではないと見ていることを示しているだろう。世界中で原油や天然ガスを生産し、色々な買い手に売る中で、「従来型の天然ガスの一部をヘンリーハブ連動で売ることによってリスクヘッジしたい」という意思決定が行われつつあるのだ。おそらく今後10年売ろうとしている天然ガスの10%程度、あるいは10数%程度は、ヘンリーハブ連動で売った方が、自らが抱えるリスクをかなり小さくできると考えている。このことも興味深い流れである。

 このように世界のエネルギー情勢は、それぞれのエネルギー供給単位においても大きく変わろうとしていると言える。原子力発電、石炭、石油、天然ガス、シェールガスそれぞれに先行きについての不確定性が高まっている。再生可能エネルギーについても同様である。日本のエネルギー情勢を広く捉えようとするならば、ある種のポートフォリオ感覚が必要だろう。日本の経済が下降しない前提において、リスクとリターンを広くとり、そしてシナリオも幾つか想定しつつ、我々にとってのリスクを小さくするという発想が極めて重要なポイントになりつつある。
ほんの数年で原油情勢の見通しが一変する中、エネルギー全体をどう捉え直したらよいのか、改めて議論をする必要があるだろう。そして我々は、こうした問題について関心を持っている主要国や主要なエネルギー企業の動向に対してアンテナを高く張りつつ、相当に思い切ったシナリオも一部には採り入れつつ、将来を展望しなければならないのではないだろうか。

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